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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3857号 判決

原告(反訴被告)

松原広一

右訴訟代理人

盛川康

外二名

被告(反訴原告)

西原政彦

右訴訟代理人

岡田実五郎

外一名

主文

本訴請求・反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、本訴・反訴を通じて二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の、各負担とする。

事実

一  原告(反訴被告、以下単に原告という。)の求める裁判

1  (本訴)「被告は原告に対し、三〇〇万円およびこれに対する昭和四三年一〇月二四日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

2  (反訴)「反訴原告(被告、以下単に被告という。)の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告の求める裁判

1  (本訴)「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

2  (反訴)「原告は被告に対し、二九五〇万二二五〇円および右の内一〇九二万五〇〇〇円に対しては昭和四六年五月二〇日以降、残一八五七万七二五〇円に対しては同四七年四月一二日以降、各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

三A  本訴の請求原因

1  原告は被告に対し、昭和四二年三月二五日、三〇〇万円を期間一ケ月程度と約して、利息の定めなく貸渡した。

2  被告は返済しないので、原告は昭和四二年一〇月二四日到達の内容証明郵便を以て履行を催告した。

B  右に対する答弁

(1に対し)貸金債権の存在は否認する。

(2に対し)内容証明郵便の到達のみ認め、その余は否認する。

四A  反訴の請求原因

1  反訴原告(以下被告という。)は、昭和四二年三月二五日反訴被告(以下原告という。)との間で訴外太平洋財団の所有土地(別紙第一物件目録)ないし借地権を有する土地(別紙第二物件目録)(以下両者を合わせて本件土地という。)を買入転売する事業を共同で行なうことを約し、次のような内容の契約をした。

(1) 太平洋財団の本件土地所有権ないし借地権を一億六〇〇〇万円で原被告共同で買受け、転売する。

(2) 買受の事務を被告が担当し、買受代金および転売に関する経費の支出を原告が担当する。

(3) 転売による差益金から原告の支出した経費およびその余の公租公課を差引いた残額を原被告折半で取得する。

2  被告は右契約に基づき訴外財団側と交渉した。原告が本訴において請求する三〇〇万円は、右交渉の過程で被告が原告から受領し、財団清算人に就任予定の訴外松崎信一の代理人訴外春山鍵太郎に土地処理費用の内金として交付したものである。

3  原被告は昭和四二年四月六日右松崎との間で代金を一億六〇〇〇万円とし、予約金一〇〇〇万円を支払つて本件土地売買予約を締結した。それは同月一七日名義書替と同時に更に一〇〇〇万円を支払い、引渡の際に残金一億四〇〇〇万円を支払うとの約束であつた。

4  然るに原告は、同月一七日の追加支払分一〇〇〇万円の支出を拒んだため、右売買予約は松崎から解除されるに至つた。そして、同月二七日、先に支払つた予約金一〇〇〇万円が松崎から返還されたので、被告はこれを原告に返還した。

5  ところで前記売買予約に至るまでに、次の(1)ないし(3)のような支出をしたが、原告は本契約の際清算する故他から借りて立替支払するよう被告に依頼したので、被告は訴外河端丈夫から、昭和四二年四月一〇日から二五日までの間三回にわたり合計三五〇万円を借受けて支弁した。

(1)五五万円 訴外石田晋一に本件土地の権利関係の調査および文書の起案を依頼し、その代金として昭和四二年四月一〇日三〇万円、同月一五日一〇万円、同月二五日一五万円を支払つたもの

(2)六五万円 訴外大門桃伍に対し、本件土地の権利関係および税務会計関係の調査を依頼し、その代金として、同月一〇日四〇万円、同月一五日一〇万円、同月二五日一五万円を支払つたもの

(3)一五〇万円 訴外金子三代治に対し本件土地買受の運動方を依頼したので、その経費を礼金として支払つたもの

(4)一二二万五〇〇〇円 被告が借受けた三五〇万円は利息月七分、期間一ケ月更新可との約定であつた。その利息支払分(四月一〇日一五万円、同月一七日一〇万円、同月二五日一〇万円、同年一〇月一一日八七万五〇〇〇円を支払)

以上合計三九二万五〇〇〇円。

6  さて、被告は昭和四二年九月二一日に松崎から先の三〇〇万円も返還されたので、これを原告に返還すべきところであるが、第5項記載のとおりの立替金返還請求権を有するので、昭和四二年一〇月二日到達の書面を以て前記三〇〇万円の返還債務と対当額で相殺する旨の意思表示をしたから、本件請求原因にかかる債務は消滅し残九二万五〇〇〇円が残存するものである。

7  被告は前記のように原告が支出を拒んだため予約を解除された結果、転売により得べかりし利益を失つた。

昭和四三年四、五月頃の転売価格は、所有権ある土地につき坪五万円、借地権ある土地につき坪三万五〇〇〇円を下らず、少なくとも二億二六八〇万四二〇〇円はある。一方、経費は、(イ)一億六〇〇〇万円(買受代金)(ロ)三九二万五〇〇〇円(前5項の経費)(ハ)四八〇万円(不動産取得税)合計一億六八七二万五〇〇〇円であるから、純利益は五八〇七万九五〇〇円であり、原被告の利益分配率は二分の一であるから、被告への利益分配金は二九〇三万九七五〇円となり、これが、逸失利益である。

8  前第6項の九二万五〇〇〇円の内、その半分は原告から返還されるべきものであるから、これを前項の逸失利益額に加えて二九五〇万二二五〇円が被告より原告に請求しうる金額である。

B  右に対する答弁

1  (1に対し)共同事業の契約は否認する。

(2に対し)被告の行動は不知。三〇〇万円の趣旨は否認する。

(3に対し)原告に関しては否認。被告に関しては不知。

(4に対し)否認する。一〇〇〇万円については後述する(後第2段)。

(5に対し)すべて不知。

(6に対し)否認。

(7に対し)否認。

2  原告は前々から被告の相談相手になつたり金を貸したりしていたが、本件土地の買入も共同でしようとの相談は断わり、ただし被告がその経営する株式会社南海ビル所有の不動産に抵当権を設定するなら、二〇〇〇万円まで融資する旨答えたことがあつた。その後買入手付金として三〇〇万円の小切手を切つたのを落すため必要と頼まれて本件三〇〇万円を貸したほか、内金として一〇〇〇万円支払うのに必要と頼まれて被告主張の日時に一〇〇〇万円貸したことはあるが、督促の結果返済を受けたものである。

五  証拠関係〈略〉

理由

一(はじめに) 当裁判所は、本訴・反訴の両方とも請求を棄却するという結論に到達した。それは、本件三〇〇万円の授受について原告は消費貸借の成立を主張し、被告(反訴原告)は共同事業契約に基づく出資金を主張し、それぞれにその主張する請求原因事実について証明責任を負うているところ、証拠および弁論の全趣旨を総合しても、そのいずれとも決定しえぬ以上、結局原告も被告も、その主張事実につき不利な判断を受けることにならざるを得ない、という理路によるのであるが、以下右のやや奇異な結論に至るまでの当裁判所の事実判断と証拠原因とを示すこととしよう。

二(背景事実と原被告の行動)

1  訴外財団法人太平洋財団は、昭和一七年五月一五日設立登記され、同三一年一月一四日理事会の解散決議があり、同日榎本久一外二名が清算人に選任され、同年二月一〇日右登記を了し、以来清算手続を継続し、昭和四二年四月一七日訴外松崎信一が清算人に就任した〈証拠略〉。

2  太平洋財団は本件土地につき、所有権または借地権を有していた。もつとも、昭和三一年一〇月、別紙第一目録中(1)ないし(8)の土地は、学校法人豊昭学園の所有名義となり、(9)の土地は医療法人相沢会の所有名義に変つたが、実質上の所有権は、いずれも訴外財団のものであつた〈証拠略〉。

3  昭和四二年二、三月頃、近く清算人となる予定の松崎信一は秘書長本禎一および春山鍵太郎の両名に代金一億六〇〇〇万円で本件土地を一括売渡すことを委任した。春山は当時入院中であつたが、知人金子御代治を通じて一括買受人をさがし、三月一七日金子が被告に話を持ち込んだ〈証拠略〉。

4  被告は現地を一人で検分したあと同月一九日原告を訪問し、同月二一日原・被告両名で金子の案内の下に現地を検分した。原告は現地の写真も撮影した。同月二四日松崎の意向として被告は春山から五〇〇万円の支払を要求された。これは、一括売買の支障となる借地上の権利関係を調整するのに必要な運動費ということであつたが、被告の立場からは優先買受権として理解された。被告は二〇〇万円は自分で調達したが、三〇〇万円は、現金が不足したので、先日付小切手で入れておいて、同月二五日原告に右の旨を話し、同月二七日原告と同行して春山を訪れ、原告から調達した三〇〇万円の現金を交付し、小切手を取返した〈証拠略〉。

5  昭和四二年四月六日原・被告は高田馬場にある松崎信一の事務所に赴いたが、この時原告は一七〇〇万円あるいは二〇〇〇万円(そのいずれかは、確定できない。)の現金を持参していた。当初松崎はその時までに清算人に就任し、同日内金二〇〇〇万円(先の三〇〇万円を含むか否かは措いて)の授受と共に正式に売買契約書を作成する手筈であつたのが、まだ清算人に就任せず、正式契約書が作成できなかつたので、一〇〇〇万円の授受と仮契約書の作成に止まつたが、この一〇〇〇万円は原告が被告に渡し、被告から松崎に交付された〈証拠略〉。

6  被告は石田晋一・大門桃伍等に依頼して、売買本契約書の作成およびその経理関係処理の準備にかかつたが、原告も被告事務所方に来て、この準備作業に事実上関与していた。被告は右石田・大門両名および前記金子御代治にその主張のような金額を支払つた〈証拠略〉。

7  四月中旬頃原・被告両名は公認会計士である村山育人を訪問して転売による譲渡所得に所得に対する課税上の問題につき質問した。四月一七日清算人に就任した松崎は本契約すべき旨被告に連絡したが、同月二〇日過ぎ原・被告両名は松崎事務所を訪れ、実際の売買代金一億六〇〇〇万円と異なる四億円の領収書作成を申入れ、松崎に竣拒された(長本証人および被告本人の供述)(ちなみに、右に確定した村山訪問は昭和四二年四月であるが、被告本人供述により村山が死亡前に記したと認めうる乙第二八号証はこれを同年九月としている。被告本人は二度訪問したと供述するのであるが、この点は必ずしも必証を得られない。しかし、原告本人の供述に徴しても、少なくとも四月中の訪問は疑いえないとしてよい)。

8  結局その後代金の支払ないし本契約書の作成という段階には入ることなく、そのため、売買予約は売主である財団側から解除され、四月二八日一〇〇〇万円が被告に返金されたが、被告は原告の催促を受けて五月八日原告にその間の銀行一時預り利息六三〇〇円を付加して返還した〈証拠略〉。

9  三〇〇万円は、元来運動費ということであつたから、財団側では当初返金に難色を示したが、その後本件土地が一億九〇〇〇万円で売却できたこともあつて、同年九月二一日に至り、被告に返金された。被告はこれは原告に返還せず、同月三〇日以後本件に関する前記被告側の諸支出との相殺の意向を示すに至つたが、その後一年を経て、原告から貸金としての返還請求がなされ、多数の内容証明郵便の往復の後、結局本件訴訟に立至つた〈証拠略〉。

三(直接証拠の不存在) 以上が証拠上確定しうる事実経過であるが、これによつては、本件の最大の争点である「消費貸借か共同事業契約に基く出資金か」の疑問は解決せられない。

右に認定根拠として挙示した書証文書中、原告氏名を表示しているのは、乙第一五号各証ないし第一七号証だけであつて、これらは、それぞれ石田晋一・大門桃伍・金子御代治の作成した領収証で、その宛名に原・被告両名を列記しているのであるが、前判示のとおり、その支払は被告によつてなされたのであり、従つて領収証の作成についても被告の意向の反映するところが大きいことは見易い道理であり、かつ、それらの作成が文面記載のとおり、すべて昭和四二年四月中であつたことの裏付けもないのであるから、この記載にそれほど意義があるとは考えられない。そして、これら以外には全く原告の氏名の表示のある文書がなく、すべて買主を被告として書類が作成されていることは、前記争点について、一応原告に有利な事情と見なければならないが、決定的な心証に導くとは言えない。匿名組合契約は商法上も典型契約として認められているのであつて、被告主張のような約定があつたとの前提の下にも、右の事実は説明可能だからである。

他方、原告が前記認定のように、被告とかなり行動を共にして現地の写真をとつたり、特に税務対策のため村山の訪問までしていることは、特段の事情のない限り、原・被告間に、被告主張のような共同事業契約が成立していたことを推認させる事情と言わなければならない。しかし、ある事業をする者に金を貸す場合、その事業の成否を予測するため、貸主として立入つた調査をすることも考えられないことではなく、その意味で行動を共にした、との原告本人の供述をあながちに排斥することはできない。松原富男および石田晋一という、それぞれ原告・被告に極めて親近な立場にある証人を除いて、比較的第三者的な立場の証人の供述を検討すると、井上・長本各証人はいずれも一〇〇〇万円授受の場で、原告が「共同事業であるが自分は名を出さぬ」と語つたとか、本契約につき原告が積極的であつたとか証言している(金子証人の供述は金員授受に関しては伝聞に過ぎない。)が、三〇〇万円の授受については、井上証人も「金主は松原であると聞いた」旨の伝聞を述べるに過ぎず、春山の病床の側で三〇〇万円を直接受領した当人である長本証人も、この際の原告の発言については述べていない。そうすると、五〇〇万円の授受は、一〇〇〇万円の授受に先立つのであるから、四月六日原・被告が松崎事務所を訪れた段階では共同事業契約が成立していたにせよ、三月二五日の時点では、単に三〇〇万円を貸したに止まる、と見る余地も残る。

結局、当事者間の契約文書が全然存在していないということに難があつて、こういう疑問を解決すべき決め手がないのである。

四(間接事実の判断)そこで、原・被告がそれぞれ証拠を提出している間接事実が、右の争点の解決に有効か否かを見てみよう。

1  三〇〇万円について、書類作成のみならず、利息・弁済期の定めもなかつたこと(事実上当事者間に争いがない。)は、一見、貸金ではなかつたことを推認させるかに思わせるのであるが、原告本人の供述から認められる原・被告がいずれも慶尚北道出身者で、終戦後間もない頃からの知人であり、被告は平生原告に「兄さん」と呼び掛けていたこと(被告本人はこれを単に年長者への敬意の表現であつて親睦の表現ではないかのように供述しているが、説得的ではない。)も考え合せなければならない。親しい間柄ではそういう貸し方も考えられるからである。

2  そこで、以前にもこういう貸し方をしたことがあつたかどうかが参考になるのであるが、原告本人の供述する三〇万円時貸しの事実は被告本人の否定するところであり、いずれとも心証を得られない。被告の帰郷のための一〇〇万円貸借の事実自体は両者の供述上一致しているのであるが、これは借用証書・公正証書作成のための委任状・印鑑証明を徴し、利息も月利何分といつた高利だつたようである(被告本人の供述)。しかし、これに対して、原告本人は、それは自分の息子の行為であると述べており、松原富男証人(右の息子)の供述もこれに副うものがあつて、これについても確実な心証を以ていずれかに判定することができない。被告本人の供述によつて成立を認めうる乙第二七号証によれば、原告は金融業の届出をしていることが認められるが、電話取引業者としての必要上、この届出をしていた関係事情についての原告本人の供述は一応説得的であつて、このことから右の判断をいずれかに決めることは躇躊される。

3  原告が宅地建物取引業者であること(成立に争ない乙第一二号証の一・二)は、被告主張に有利な徴表と言うことができるが、原告本人は実際に取引したことは一回もないと確信し、心証を惹くところがある。従つて、この点からの推認も危険と言わねばならない。

4  原告本人の供述によると、本訴提起後である昭和四六年二月一〇日、被告は上野の飲食店で原告に対して責任を自認し、涙を流して陳謝したというのである。これを事実とすれば、原告に有利な事情であること言うまでもないが、前認定のような内容証明郵便をぶつけあつての後の本訴提起という経過から見て、たやすく措信し難いし、被告本人も、同日面会したこと、涙を流したことは事実であるが、それは原告の脅迫的言辞に動揺したためであつて、陳謝の意図は皆無であつた旨供述しており、むしろこの方が必証を惹くのである。従つて、これも推認の基礎にはできない。

五(むすび) 以上詳細判示して来たとおり、証拠上は、消費貸借とも共同事業契約とも判定しえず、間接事実からする推認も、基礎事実を確定しえぬものが多くて効がない。消費貸借と共同事業契約以外の契約関係を考える必要は、本件事案の下では、存在せず、両者は択一的関係にあるのであり、かつ、それぞれ本訴・反訴の請求原因事実となつているのであるから、そのいずれとも判定し難い(当裁判所の必証は、いずれかと言えば、被告主張に有利なのであるが、その心証はいまだ反訴請求原因の前提としての被告主張の契約の存在を積極的に認定するに足りるものではなく、このような場合一方に軍配を上げるのには、単に心証の優越するだけでは足りないと考える。)本件の事案においては、本訴も請求棄却、反訴も、相殺の効果、逸失利益等その余の主張事実についての判断に及ぶまでもなく、請求棄却、という結論にならざるを得ない。

よつて、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する次第である。

(倉田卓次)

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